道徳授業づくりの3つのポイント

 

1.            ポイント1…授業には自己評価観点(学習内容)が必要である

道徳の時間は、自分を見つめる時間。ならば、授業になくてはならないのは「自分を見つめるための観点」ではないか。

自分のどこがどうなのかを計る「ものさし」になるもので、これを「自己評価観点」と呼ぶことにしよう。

「自己評価観点」は、一層深まった道徳的価値観、また、その授業ならではの学習内容と言ってよい。

 

2.            ポイント2…自己評価観点(学習内容)を明確にする

様々な種類がある。例えば、内容項目「思いやり・親切」を例にとると、

@「相手のことを思いやり、親切にすることは大切」だが、自分はどうか?

A「相手が不愉快になったとしても、相手にとってよいと考えるなら、率直に注意することも親切」だと分かった。自分の場合はどうか?

B「相手が不愉快になるのであれば、率直に注意することは少し控え、相手の失敗を黙って補ってあげることも親切」だと分かった。自分の場合はどうか?

C「相手が不愉快になるようなことを伝えるにしても、あえて伝えないにしても、相手の気持ちを十分考えて行動することが親切」だと分かった。自分はどうか?

D「相手のことを思いやり、親切にするには、勇気をもって行動することが大切」だと分かった。自分はどうか?(「勇気」の部分は、「根気」や「真心」「感謝の気持ち」など、その資料に応じて様々である。)

E「友達(○○さん)は、本当に自分のことを思いやってくれていたのだ、いい友達だ」と実感した。では、自分は友達に対してどうか?     等々

 

@は、指導要領の内容レベル。抽象度が高く、当該道徳的価値観の大原則と言える。

A〜Eは、その価値観が、一層状況的であったり、具体的であったりしている。道徳的価値観の小原則と言えよう。

小原則は、例えば、ABのように行動面では相反している場合もあるし、ABを統合するようなCのような場合もある。また、Dのように状況に応じて、価値観と価値観の関連を述べている場合もある。

Eは、価値観の受け止めの程度を表している。「気付き」、「理解」、「実感」、「納得」の順に深くなる。

 

いずれにしても、道徳の時間に「みんなで見付ける自己評価観点」は、@のような大原則ではなく、A〜Eのような小原則が相応しい。

@のような大原則は、既にどの子どもも知っている上に、抽象度が高く、自分のよさを計るには目盛りが大きすぎる。

 

3.            ポイント3…発問を明確にする

観点を設定するのに二つ、見つめさせるのに一つ、仮に、A、B、Cとしよう。

(1)   発問A…子どもが今もっている価値観を出させる発問

自己評価観点を見付けさせるには、前提として、今、子ども自身がその価値をどう捉えているのかを知らせなければならない。その機能を果たす問いを発問Aとしよう。二つの問い方がある。

@       内側に入って考えさせる発問

「主人公○○さんになって、気持ちを吹き出しに書こう。」「主人公□□君は、この後どうするか。」などのように、気持ちや行動を窓口に「人物になりきらせて考えさせる発問」である。どちらかといえば、低学年に向いている。

A       外側から考えさせる発問

「あなたが主人公○○さんなら、どう考えるか。」や「主人公□□君は、どうすべきか。」「主人公△△はなぜ〜だと思うか。」などのように、「人物を対象化して考えさせる発問」である。人物と自分の間に距離があり、高学年の方に向いている。

B       子どもの価値観の括り(類別)

              主人公の価値観の変化に着目して括る。(資料場面に応じて示すことが多い。)

              価値観の高低に着目して括る。(葛藤の場面で行う場合が多い。)

              取り得る行為やその理由に着目して括る。(同上)

              価値観の別に着目して括る。

(1の意見は勇気の観点から、2は親切…)

 

それぞれの考えをラベリングしたり、ナンバリングしたりして、どれとどの考えが似ているのか、そして、どれが対照的なのかなどを、子どもたちに捉えやすくすることが重要である。このことは、何でもないことなのだけど、とりわけ道徳の授業では、軽視されがちである。一人ひとりの友達の考えを知るためには、ある程度の種類分けがある方が、受け止めやすいのである。

 

(2)   発問B…今もっている価値観を一層深め、自己評価観点を設定する発問

これらの意見を検討し、自己評価観点を設定する。それには、新たに発問することが必要になるが、「発問Aで出された考え」に対しての発問なので、「問い返し」と呼んでもよい。

概ね二つある。

@       相違点に着目させる発問(問い返し)

「より納得できるのはどれか。そして、それはなぜか。」や「最も善いのはどれか。理由も合わせて述べよ。」などのように「どれが最も○○」という発問である。「○○」については、「当為(べきである)」や「好き嫌い」、「実現可能性」「経験の有無とその時の自分の思いや願い」などがある。

また、「□□する上で」や、「相手(他者)からみたら」など、検討する条件を加えたり、考える視点を他の人物や立場に移動させたりするのも有効である。

A       共通点に着目させる発問(問い返し)

「どの考えにも共通している気持ちは何か。」や「どの考えも生かすとすればどうすればいいか。」などである。様々な考え方を支えるベースとなる価値観、行動の仕方を明確にさせる発問である。共通点を見つけ出すことは、「人としてよりよく生きる上で」のような条件をつけることでもある。

 

@Aのどちらかによる(自分なりの)「最も○○な考え」や「それぞれに共通した考え」が、その授業で獲得させたい自己評価観点(学習内容)となる。(必ずしも、学級で一つになるというものではない。あくまでも一人ひとりの捉えが深くなればいいのである。)

 

例示した「問い返し」は、多少強い印象を受けるかも知れない。実際の語りかけは、あくまでも「優しい促し」であるべきだ。子供たちへの「再度の捉え直し」、「受け止め方の見直し」である。

発問Aで、様々な意見が出た後、発問Bにより、「それぞれの考えに対して、一人ひとりの子供たちなりの目配り」をさせたいのである。

 

(3)   発問C…設定した観点から自己を見つめさせる発問

「□□が大切である(自己評価観点)という考え方を見付けたみなさんは、(主人公のように、)□□したこと(思ったこと)はないか。そして、そんな自分についてどう思うか。」のように自分の中における「自己評価観点達成の事実(態度、行為、心情等)」を想起させ、自己を振り返らせるのが、この発問である。

発問Cにおいて、不十分な事実に気付かせ、「まだまだ自分はだめだなあ。」と反省させることを否定しない。が、同じ事実でも「今は十分とは言えないかも知れないけれども、少しずつよい方向に向かっている」として捉えさせる方が有効である。

「分かっているけど、できない自分」ではなく、「少しできていた(少しならできそうだ)けど、その意味やよさが分からなかった自分」に気付かせる。それを前提として、その価値観や心根、行為のよさを高めさせるようにするのである。

なお、発問Cの活動を確かにするために、導入でよく似た活動をしておくことが有効な場合がある。導入で自己を見つめさせるときには、発問Cで「ものさし」として扱う「本時ならではの自己評価観点」をまだ設定できていない。そのため、道徳の内容項目レベルの「粗い自己評価観点(道徳的大原則)」で、自己を振り返っておく。

授業の入り口と出口での自己評価の観点と結果の違いが、学びの成立や深まりを子どもたちに一層自覚させる。