『救命センターからの手紙〜葛藤』で

「生命尊重」の授業

中学校、3−(2)「生命の尊さを理解し、かけがえのない自他の生命を尊重する」に関連した授業です。

 

 『救命センターからの手紙 ドクターファイルから〜』(浜辺祐一 著)を用いた授業です。この本は、シリーズになってもいるのですが、道徳的な論題がたくさん出ています。小学生では難しいので、中学校3年生で。もちろん、教職員研修の模擬授業でも結構です。

 「トリアージ」。

最近よく聞く言葉です。本書5章「葛藤」に描かれている状況は、トリアージの原型の状況ということもできるでしょう。

 

【対 象】 中学校3年生(教職員の道徳授業の模擬授業等による研修でも使用可)

 

【ねらい】 収容拒否をされたことが原因で死亡した患者の家族の立場で、診察患者の選択根拠について話し合うことを通して、生命を大切にする行為についての考えを深めることができるようにする。

【内 容】

(1)医療において「トリアージ」という状況があることを知る。(表情・挙手)

(2)(特定の状況下で)生命を尊重することの難しさについて自分なりの感想をもつことができる。(ワークシート)

 

【資 料】 「葛藤」

(『救命センターからの手紙 ドクターファイルから〜』浜辺祐一著、集英社)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/408747304X/249-3322152-2381950

 

粗筋(道徳で用いる際は、原文を短く再構成して使う必要有り。)

 

 8階建てのマンションの屋上から、遺書を残して飛び降り自殺した60才過ぎの女性。意識不明で救命センターに搬送されてきた。5階以上から飛び降りた場合は、助からないことが多い。

 女性がレントゲンを撮りに行ったとき、再び消防庁からの直通電話。5階の足場から転落した労災男性の収容の打診である。

 この時、この救命センターは一つのベッドしか空いていなかった。このセンターが収容せずに、そのほかの救急病院に行くとすれば30分以上かかる。1分1秒を争う状況では致命的な時間であるが、ほんの数分前に自殺患者を引き受けていた主治医は、労災患者の収容を断らざるを得なかった。

 その後、自殺女性は、レントゲン・CTを終え、助からないことが分判明した。手の施しようが無いほど脳が損傷していたからである。

 家族が到着して15分後に息を引き取った女性。いつかこんな日がくるに違いないと覚悟していたという夫は、「たとえほんの短い時間ではあっても、最期はそばについていてやることができた」と感謝の言葉を伝える。

 主治医は、研修医と共に「妻や子が、その夫(ここでは労災患者)が直近の救命センターに運ばれずに命を落とす羽目に陥り、その理由がこともあろうに、自ら命を絶とうとした人間なんだと知ったら、どうだろうか、それでも、夫の死を納得できるんだろうか・・・」「俺だったらこう叫んでるよ、おいおい、そんな死にたがってる人間なんかほっときゃいいじゃねぇか・・・そんな奴より俺の・・・」と語り合う。

 「たまたま一人しか収容できないタイミングに、自殺患者と労災患者がだぶってしまったような時の、こんな葛藤こそは、我々救命センターの現場の医者の知られざる戦いと呼んでもいいかも知れません」と筆者は述べています。

 

【学習過程】(45分授業)

 @ 「人の命の価値に差がありますか?」(5分)

1.       「差はない」と答えるでしょう。もし、抽象的な発問で答えにくいような雰囲気を感じるようなら、具体的な例示をするとよいでしょう。例えば「お金持ちの命とそうではない人の命」や「大人の命と子どもの命」などです。

2.       @命の価値は皆平等だという原則を確認すること、A命の重さについて考えを深めるという課題を把握することがこの分節学習内容です。

3.       @、Aともに板書します。

 

A 「あながた、労災患者の子どもだとしたら父の死が納得できますか?話し合ってみましょう(35分

1.       資料提示(資料配付、読み聞かせ、状況確認等)に10分以上かけて十分な理解を図ります。

2.       資料提示後、「トリアージ」について説明します。トリアージとは、「病気やケガの緊急度や重症度を判定して治療や後方搬送の優先順位を決めること」を指します。地震などの災害時・非常時には、短時間に多数の人がゲガや病気になり、医療機関での診療・治療を必要とするような場合に行う行為ですが、この資料は、その原型のような状況だといえます。

3.       @この労災患者は、働き盛りの40代。真面目に仕事をしており、転落したことに本人の特段の過失はない。A彼は、この救命センターに収容されなかったことが最大の原因で命を落としてしまった(この救命センターで適切な処置を受けていたら助かっていた)。B彼より数分前に収容した自殺女性は、何度か自殺を試みており、夫も予想・了解してしまうほどであった、の3点を共通理解・前提として考えることにします。理解できたところで、この発問です。

4.       納得できる理由、納得できない理由を掲げて、まずは、自分の考えをプリントに書かせます。

5.       一人学びの後、全体での話し合いをします。根拠を明確にするための問い返しをしながら、板書します。

6.       @早く収容した患者(この場合自殺をした女性)を先に治療するのは、当然である、という「時間」の観点で考える意見、A女性は8階から飛び降りているのだから、助からないことは容易に推察することができる。そんな助かる確率低い患者は後回しにし、助かる可能性が高い患者から治療すべきであるという「効果」の観点で考える意見、B自殺と労災なら、労災患者から助けるべきであるという「原因」の観点で考える意見、Cそもそもベッドの数で(しかもたった一つ余分に準備すればいいくらいの数)判断する病院側の考えが間違っているのであって、両方の患者を収容し、研修医も入れてその場で精一杯のスタッフで両方の患者を治療すべきであるという「折衷」の観点で考える意見、の4つに分けて討論します。(もし、Cが気に入らないのであれば、@〜Bでも構いません)そのほかにも、年齢や家族構成なども理由に出てくることでしょう。

7.       あくまでも、労災患者の家族という視点を踏まえさせることが、それぞれの生徒を「評論家的思考」ではなく「当事者的思考」にできると考えられます。

8.       生徒を「医者」「自殺患者の夫」の立場に立たせて討論することもできます。また、この案のように「労災患者の家族」として考えさせながら、適宜、「自殺患者の家族ならどうだろう?」や「あなたが医者ならどうか?」など、視点を移動させて、適宜考えを深めさせることもよい方法だと考えられます。

 

B 「命の価値について論じることがそう簡単ではないということについて、自分の考えを書きなさい」(5分)

1.       「様々な状況が考えられ、それぞれの状況、具体的な場面では、生命を尊重することはなかなか判断が難しいものである」という感想でよいのではないかと思います。

2.       教師も自分の考えを述べることができますが、かなり慎重な発言が必要でしょう。